科学映画のスタッフ

 
 ヨネプロダクション 大沼哲郎 氏
ヨネ・プロダクション社長 大沼 鉄郎
  
 科学映画という言葉は広い意味で使われるので、自然科学が扱うものは、みな科学映画の視野に入ってきます。このなかで小林米作が集中したのは、生きて動いているミクロの現象を映像化することでした。小林米作を衝き動かしたのは「生命の謎」や「生命の神秘」への執着だったと思われます。


それに心を惹かれるという点では、生命科学の研究者と少しも違いはありません。ただ、小林米作は、生命の謎や神秘に触れた感動を「表現」しようとします。ここから先は、いわば、芸術の分野であり、小林米作は見出した対象物をいかにドラマティックに見せるか、ということに労を惜しみませんでした。顕微鏡撮影では工学的制約が大きいのですが、それも明視野、暗視野、位相差などの能力を出来るだけ引き出し、豊かな表現を求めています。


例えば「マリン・スノー」では超接写のシーンでマクロ撮影なみの照明効果を見せていますし、明視野、暗視野の切り替えなどのテクニックも効果を発揮しています。ですから、小林米作の助手たちは、対象を追及する根性とともに、映像表現の高い技術を求められました。春日友喜、豊岡定夫たが先達の技術と根性を引き継ぎました。
 

ところで、ミクロの生命現象を映像化するとき、どうしても必要なことは対象となる生物資料を顕微鏡下に置くことです。生物資料は、企画者(スポンサー)、研究者の指導、協力を得て、そちらから提供されることもありますが、多くの場合、自分たちで調達しなくてはなりません。けれども、いずれにせよ、調達されたものがそのまま撮影できるわけではありません。撮影に適した状態を設定する必要があります。ミクロ映画には、こういうことのできるスタッフが不可欠です。彼は一方でカメラによる芸術表現を理解し、他方で生物資料を作成するという、二面作戦を行うことになります。
 

 実際、こういう専門スタッフが小林米作の傍らに定着したのは、東京シネマにおいてでした。浅香時夫がスタッフに加わったのです。とくに東京シネマの自主作品『生命誕生』は浅香時夫の発足にはじまり、生物資料の担当もあって、世界的な評価をうける作品となりました。以来、科学映画の問題作の背景で、浅香時夫と弟子たちが大きな働きをしています。

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