さよなら広尾線 夢をありがとう(改訂版)

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教育工業・産業北海道映像記録

作品概要

製作:北海道映像記録 企画:国鉄広尾線
1987年 カラー 44分45秒

十勝地方の中心都市帯広と大平洋岸の町である広尾を結んでいた広尾線は、1922年に公布された鉄道敷設法にある「胆振国苫小牧ヨリ鵡川、日高国浦河、十勝国広尾ヲ経テ帯広ニ至ル鉄道」の一部として1927年に着工され、まず帯広から中札内までが開通した。残りの区間は1932年までに順次開通している。

住民の足として、またじゃがいもや豆といった農産物の輸送に活躍したが、それらは次第に自動車利用へと移行していった。しかし1970年代半ばから「愛の国から幸福へ」というキャッチフレーズとともに愛国・幸福間の乗車券が爆発的なブームとなり、多くの観光客も訪れるようになった。その勢いは廃止が話題にのぼるようになっても衰えることはなかった。

その結果売り上げにも少なからず貢献したが、それでも遠のく客足に歯止めが利かず、1987年、約60年の歴史に終止符が打たれた。計画では苫小牧と帯広を結ぶ路線と発展するはずだったが、様似までは日高線として1937年までに開通していたものの、残された部分がつながることはついになかった。

※この映画は著作権処理の段階で一部編集を行っております。

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