科学映画の制作

世界で初めて骨が生きている映像を捉えた人

< プロフィール >
折茂肇(おりも・はじめ)

昭和34年
東京大学医学部卒業
昭和61年
東京大学医学部老年病学教室教授
平成7年
大蔵省東京病院長、埼玉医科大学
総合医療センター客員教授
平成9年
東京都老人医療センター院長を
経て現在、健康科学大学学長

健康科学大学学長・折茂肇

健康科学大学学長
折茂肇

話は今から25年前のことにさかのぼる。1991年に活性型ビタミンD(ワンアルファ)を上市した時の帝人(現帝人ファーマ)と藤沢薬品工業(現アステラス製薬)は、ワンアルファの学術映画を企画し、ヨネプロがそれを引き受け科学映画を制作することになり、当時東京大学医学部老人病学教室にいた私が監修者の1人として、このプロジェクトに加わることになった。

この時作られた作品が「THE BONE」(1982年)で、この作品は世界で初めて骨が生きていることを映像に撮ったものとして注目され、世界中の骨代謝研究者の賞賛を浴びた秀作であった。

この作品が生まれたきっかけは今にして思い出せば、2人の傑出した人物との出会いであったと思う。当時、城西歯科大学に久米川正好教授という極めて優れた骨代謝研究者がおられ、彼のグループが骨の組織倍養および骨の形成および吸収を行う骨芽細胞や破骨細胞の培養に取り組み、精力的に研究を進めていた。もう1人は小林米作というまれにみる逸材が存在したということである。この2人が協力し、金は出すが口は出さないという姿勢を保ったスポンサーのもとに、この快挙が成し遂げられたのである。

ヨネプロを率いる小林米作氏は自ら城西歯科大学に寝泊りして、顕微鏡下で培養細胞の微速度撮影を行った。当時は35mmのフィルムを使用して撮影していたため、数千フィートに及ぶフィルムが費やされたことである。この作品でもっとも衝撃的で貴重な映像は、単核の前破骨細胞が融合して多核の破骨細胞が生成される過程を明らかにし、骨が生きている組織であることを世界で初めて証明したことであろう。

1986年には「THE BONE II」が制作された。前作「THE BONE」は画期的な作品ではあったが、骨が生きていることを示したに留まったため「THE BONE II」では生体における骨組織やCa代謝を調節するビタミンDや、副甲状腺ホルモンの役割などについての解説がなされた。

「THE BONE II」は第4回メディキナーレ国際医学科学映画祭で、秀作賞・最優秀撮影賞ならびに第28回科学技術映画祭で科学技術庁長官賞を受賞しており、アメリカ、ヨーロッパで開催された骨代謝に関する国際学会において、この分野のトップレベルの研究者をうならせ、わが国における骨代謝研究のレベルを世界に知らしめた作品である。小林米作氏は写真家としてのみならず、科学者としても優れた眼を持っておられた人であり、その仕事ぶりはまさに真剣そのもので、鬼気迫るものを感じさせた。

2つの作品が完成された後、ある日突然私のところに来られ「研究者の姿」が撮りたいと言われ、私が当時の教授室で読書している姿を写真に撮ってくださった。この写真は私が現在勤務している健康科学大学(山梨県富士河口湖町)の学長室に大切に飾ってある。

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