科学映画との出会い

映像で捉えた破骨細胞

< 松本歯科大学・総合歯科医学研究所副所長 高橋直之 >

1986年の米国骨代謝学会は、アナハイムにあるディズニーランドホテルで開かれたことで記憶に残る学会であったが、それにもまして忘れられないのは、学会の会場となったホテルの一室で、久米川先生が持参された16mmフィルムに写された破骨細胞を見たことである。私は今も破骨細胞研究に携わっているが、アナハイムで見た映像が破骨細胞研究への傾倒を一段と深めたことは事実である。

当時テキサス大学に留学していた私は、ヒト骨髄細胞培養系で破骨細胞を形成させようという実験を行っていたが、顕微鏡下に観察している細胞が本当に破骨細胞であるか不安であった。アナハイムで見た映像は、マウスの骨髄細胞培養系で形成された破骨細胞が骨を吸収しているとこを見事に映し出していた。この映像が契機となり、帰国後、私はマウスの骨髄細胞培養系を用いた破骨細胞形成実験に取り組んだ。

ヨネ・プロダクションが作成した"The Bone"を見たときも、大いなる衝撃を受けた。"The Bone"を見て、"骨は生きている"ことを実感した。

一方、東京医科歯科大学矯正学教室におられた栗原先生(現・松本歯科大学教授)も、破骨細胞を映像に見事に捉えていた。細い注射針でインターロイキン1(IL-1)を破骨細胞近傍に流すと、破骨細胞は活発に動き出す。私たちは、IL-1は破骨細胞の骨吸収活性を促進することを見出していたが、その映像を見てIL-1は破骨細胞活性化因子であると確信した。

破骨細胞の映像といえば、若くしてお亡くなりになった金久純也先生(朝日大学歯学部)のお仕事を忘れることはできない。

金久先生は、破骨細胞を骨の超薄切片上で培養して、どのように骨を吸収するかをTime-laps映像で捉え、素晴らしい論文を発表された(Bone 9:73-79、1988)。

映像は論文をはるかに凌ぐ説得力をもつが、映像を論文にすることはとても難しいと金久先生から伺っていた。久米川先生や栗原先生も論文投稿を試みたが、あまりにも困難なために論文投稿を断念したとお聞きしている。

最近、破骨細胞に関する興味深い論文が「PloS One」という電子ジャーナルに掲載された(PLoS ONE 2:e179, 2007)。「PloS One」は、読者が批評・討論を自由に書きこめるというオープンアクセス方式の電子ジャーナルで、2006年に発刊された。

その論文には、蛍光で標識されたF-actinを破骨細胞に発現させ、破骨細胞の細胞骨格の変化を見せる映像が添付されていた。20年前アナハイムで見た破骨細胞の映像がそこにあった。当時、映像を掲載できる雑誌が皆無であったことは、誠に残念なことである。

アナログ時代の生命科学の映像をデジタル化して保存しようという科学映像館の試みに、私は大賛成である。学問の進歩に伴って、映像の中の細胞はいつも新しいことを私たちに語ってくれるから。

ページの先頭へ戻る