科学映画との出会い

銀幕の中の細胞たち

< プロフィール >
田畑純(たばた・じゅん)

1961年4月、東京に生まれ北九州市で育つ。
九州大学理学部卒、広島大学大学院にて博士
(学術)
1992年、大阪大学助手
(歯学部口腔解剖学第1講座)
2001年、鹿児島大学助教授
(歯学部口腔解剖学I講座)
2007年、東京医科歯科大学准教授
(硬組織構造生物学分野)現在に至る。

東京医科歯科大学准教授・田畑純

東京医科歯科大学
准教授 田畑純

もう20年ほども前、広島大学がまだ広島市の千田町にあった(私は大学院生だった)頃の話である。近くにある"サロンシネマ"という映画館(※1)で過ごす時間が、私にとって特上の楽しみだった。

この映画館は、客席が大きなソファになっており、コーヒーなどを置く小さなテーブルまであって、特別に居心地が良かったからである。そして、次々と上映される名画や、フィルムマラソンやロシア映画祭、スペイン映画祭などの企画がとても良かった。月刊の小さな映画情報誌も配ってくれていて、これも良かった。映画の本当に好きな人々で運営されている映画館であることがいろいろなところで感じられた。それで、映画がどんどん好きになって、いつの間にか、回数券を買って通うほどになっていた。常連の方も多く、年配の方が楽しそうに映画を見ていたり、何度も同じ映画を見ていたり、近くの喫茶店"ルーエぶらじる"(※2)で映画のあとの余韻を楽しんでいたりする。「ああ、映画っていいなぁ」と思うことしばしであった。

久米川先生とヨネプロさんが作られた「骨の映画」は、大阪大学にいた15年ほど前(私は助手だった)、初めて見せていただいた。久米川先生は、年に1回、東京から特別講義に来られるのであるが、その時に16mmフィルムを必ず持って来られる。それは直径が30cmほどのオープン・リールに巻いてあって、それをさらに堅牢なケースに入れ、平たい紐帯で十字に締めてあった。

原版は35mmフィルムだが、携帯できるように16mmフィルムに複写したものだとお聞きしたが、それでも結構な大きさと重さだったと思う。このフィルムケースを渡されると、私たちは年に一度、この時のためだけにあるといってもよい16mm 映写機を講義室に据え、フィルムを慎重にセットし、入念に試写を行って準備を整える。特別講義が始まって、先生の指示があると遮光カーテンを閉め、映画を始める。久米川映画館の開館である。

最初に見たのは"The Bone II"(1986年作品)であったと思う。
骨芽細胞や破骨細胞が銀幕の中で活発に動いている。普通ならば動いては見えない細胞も、数秒~数分おきに顕微鏡で定点撮影したものを時間圧縮して映画にすると、活発に動いているように見えてくる。

こうした映像は、NHKの教育番組などで今ではごく当たり前のように出てくるけれど、当時はいろいろな技術的な壁があって、よくこんな映像を撮れたものだと本当に驚いた。顕微鏡と培養装置を組み合わせることは容易ではなく、温度を維持すること、フォーカスを合わせ続けること、結露を防ぐこと、明るさを確保することなどを考えると、いったいどんな工夫をしたのか当時の自分には全く想像ができなかった。

無論、目的の細胞をどうやって調整し、どうやって培養するのかという大問題もある。これらを久米川先生とヨネプロさんは克服し、映像化していた。まさに衝撃的であった。学術的な価値は計り知れないと思った。

「骨の映画」を見ていると、骨の中の細胞たち、つまり、骨芽細胞や破骨細胞がどのように動いているのか、本当はどんな形をしているのか、どんな風にお互いにコンタクトしているのか、などが手に取るようにわかる。まるで雑踏の中でいろいろな人々の風貌や所作を観察しているような錯覚、交差点を行き交う人々の一瞬のやりとりを観察しているような錯覚にとらわれる。

そして、この映画にはもう1つの良さがあった。
カメラアングルが絶妙で、ナレーターや音楽などが素晴らしく、
まさに「映画」として完成されている点である。

私見であるが、やはり「映画」は映画館で見たい。大きなスクリーンを真っ暗な闇の中で見ること、大きな音で聞くこと、これらによって自分が映像の中に取り込まれる。映像の隅々から飛び込んでくるさまざまな情報が五感を刺激する。新しいイメージが湧き、新しい感情が湧いてくる。居心地のよい映画館だとこれらの喜びがさらに増す。

骨の映画も、映画館でじっくりと見たい。銀幕の中の細胞たちをじっくりと見ることができれば、細胞たちも私も至福であろうと思う。

(※1)サロンシネマは今でも健在。姉妹館までできている。HPはこちら
(※2)ぶらじるも健在。紹介文はこちら

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