所蔵:浅井一彦((財)石炭綜合研究所、(株)浅井ゲルマニウム研究所創設者)
フィルム提供:株式会社浅井ゲルマニウム研究所
1954年 白黒・カラー 無声 21分
1954年8月、旧軽井沢で撮影された家族の記録映像。浅井一彦(1908-1982年)と家族の団らんを中心に、草軽電気鉄道、旧軽井沢銀座、林間の風景やレジャー施設など、当時の軽井沢の様子が収められている。
浅井は1930年代よりドイツに留学・滞在していたが、第二次世界大戦末期の1945年5月、ソ連軍に連行されて家族と生き別れになった。九死に一生を得て同年7月に帰国したが、東ドイツに残された妻子と日本で再会できたのは1948年だった。1951年には、欧州出張の際、義母エルゼ・ヘルターホフを東ドイツから日本に連れ帰った。
戦争による離別を経た家族が、再び日本で仲むつまじく過ごす様子と、1950年代の軽井沢の風景を伝える記録である。
00:00 巻頭言
00:10 タイトル、浅井家別荘のハウスナンバー標札
00:25 草軽電気鉄道の「デキ12形」電気機関車、モハ100形電動客車(モハ101)
00:50 軽井沢のカラマツ林と別荘敷地
03:07 妻エリカと子女
04:01 テニスとペットの黒い子犬
05:20 義母エルゼ・ヘルターホフと子犬
05:48 知人とテニスを楽しむ浅井一彦
09:08 浅井家と子犬の団らん
13:30 別荘内での団らん
14:54 林間の小径と周辺の別荘
16:53 旧軽井沢銀座通りの軽井沢郵便局前にて立ち話、明治屋外観
17:49 旧軽井沢銀座通りで買い物をするエリカ夫人
18:04 屋外プール(水泳場)
19:08 カラマツの並木道を歩く帰路
19:55 雅叙園ベビーゴルフ場でのパターゴルフ
21:05 浅井一彦の母・てりを迎えるエルゼ・ヘルターホフ